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クラシック

珍しいうえに素晴らしい : シューマン:P四重奏曲/他(ミュージック)

シューマン:P四重奏曲/他
シューマン:P四重奏曲/他(ミュージック)

グールド(グレン),
発売日:1993/12/01

2008/6/25 voodootalkベスト8レビュアー

5点

1968年5月9,10日 ニューヨーク、コロムビア30番街スタジオで録音。グールド78枚目のアルバム。

これが珍しいうえに素晴らしいのだ。どちらも素晴らしいのだが・・・・やはりグールドがより素晴らしい。弦を担当しているジュリアードSQも溌剌としているのだが、グールドのピアノがキラリキラリと光る。実に爽快だ。曲は1842年の所謂『室内楽の年』と言えそうなシューマンの絶頂期の作品で僕の知る限りこの曲の決定盤がこのアルバムだと思う。これも隠れた名盤ということになりそうだ。
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クレーメルの意思を示す最初の一歩 : ロッケンハウス・エディション(ミュージック)

ロッケンハウス・エディション
ロッケンハウス・エディション(ミュージック)

オムニバス(クラシック),ウィトルジー(クリスティン),
発売日:1993/08/25

2008/6/24 voodootalkベスト8レビュアー

5点

録音はいずれもロッケンハウス音楽祭にて1981・1982・1984年のものから録られている。ギドン・クレーメルが1981年に始めたロッケンハウス音楽祭は、毎夏オーストリアにて室内楽の音楽フェスティバルを開催しているものだ。彼の著書『琴線の触れ合い』の中に詳細が出てくるが、クレーメルは自ら演奏したいもののためにこの音楽祭を始めたらしい。言ってみれば商業主義と無関係な状況で自らがやりたいと思う音楽をやりたいメンバーとやるという意思表示だ。ECMのマンフレート・アイヒャーがそれをジャズと同様にアーティストの意思のまま見事な録音で残している。

著作『琴線の触れ合い』の中で散々出てくるのだが、特にアバドとやった『四季』のレコーディングではグラモフォンともアバドとも意見がまったく合わず、クレーメルは辟易したらしい。そういうビッグ・ネームの組み合わせだけに注力し、アーティストの自由意思に背を向ける商業主義のアンチ・テーゼがこのアルバムということになる。録音メンバーには旧友のオレグ・マイセンベルグだけでなく、重鎮アロイス・コンタルスキーなど様々な面子が加わっていて実に面白い。

そしてこのアルバムは、CD1がフランスものを、CD2がロシアものを取り上げるように意図的にできていてまた面白い。特に名演はストラヴィンスキーの『兵士の物語・・・』だと思う。クレーメルの意思を示す最初の一歩だ。
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超剛速球投手が超スローボールを投げてきているのに似ている : モーツァルト:ピアノ・ソナタ集第4巻(第11&15番、ソナタヘ長調、幻想曲ニ短調)(紙ジャケット仕様)(ミュージック)

2008/6/23 voodootalkベスト8レビュアー

5点

ピアノ・ソナタ第11番 K.331は、1965年12月、1970年8月 ニューヨーク、コロムビア30番街スタジオ、ピアノ・ソナタ第15番 K.533/K.494は、1972年4月 ニューヨーク、コロムビア30番街スタジオ&1973年3月 トロント、イートンズ・オーディトリアム、幻想曲 K.397は、1972年11月5日 トロント、イートンズ・オーディトリアムで録音。グールド48枚目のアルバム。

ここでのピアノ・ソナタ第11番の演奏はゴルドベルグ変奏曲に次いでグールドの演奏の中では有名だと思う。実は5年ものスパンが空いて録音している。つまりはここにも見えない何万種類もの解釈が存在していて、グールドの下した結論がこの録音であるということが重要なのだ。最も反感をかったこの弾き方も快速強弾のグールドの指からくりだされているからより意味は深い。言ってみれば超剛速球投手が超スローボールを投げてきているのに似ている。まあ、まちがってもグールドは速球派とは言えないが、だ。

しかしながらこの演奏から見えてくるモーツァルトはやはり大きな発見であることは間違いない。好き嫌いを超越した演奏である。そして間違いなく今後も語り継がれる演奏である。それこそがグールドの目指したものなのだろう。
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幸せな雰囲気一杯の作品 : バッハ:P協奏曲第1&2&3&4&5&7番(ミュージック)

バッハ:P協奏曲第1&2&3&4&5&7番
バッハ:P協奏曲第1&2&3&4&5&7番(ミュージック)

グールド(グレン),
発売日:1992/10/01

2008/6/22 voodootalkベスト8レビュアー

5点

第2番が1969年、第3番が1967年、第4番が1969年、第5番が1958年、第7番が1967年に録音。ちなみに第3番(BWV1054)はヴァイオリン協奏曲第2番ホ長調BWV1042と同曲、第5番(BWV1058)はヴァイオリン協奏曲第1番イ短調BWV1041と同曲である。オリジナル・リリースのカップリングはvol.1が3・5・7番、vol.2が2・4番だった。 グールド28枚目及び36枚目のアルバム。

中でもグールドは自ら音楽を担当し、1972年に映画化されたカート・ボネガット・ジュニアの傑作『スローターハウス5』の中で第5番を使用しているのでおそらく最も納得がいった演奏だったのだろう。

グールドのバッハを演奏する歓びがオーケストラ全体に『伝染』していて、幸せな雰囲気一杯の作品だ。中でも、人気の高い第5番の第2楽章は秀逸です。
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グールドが唯一ハープシコードで演奏しているアルバム : ヘンデル:ハープシコード組曲(ミュージック)

ヘンデル:ハープシコード組曲
ヘンデル:ハープシコード組曲(ミュージック)

グールド(グレン),
発売日:1993/12/01

2008/6/22 voodootalkベスト8レビュアー

5点

1972年3-5月 トロント、イートンズ・オーディトリアムで録音。グールド45枚目のアルバム。ほとんどの曲をピアノで演奏しているグールドが唯一ハープシコードで演奏しているアルバム。そして『フーガの技法』が唯一、オルガンで演奏しているアルバムということになる。そしてピアノにおいても、ペダルをほとんど踏まない特徴的なノン・レガート奏法であったことと、和声よりも対位法を重視し、音色への興味よりも音楽の構造に重きをおいていたことから、ハープシコードでどんな演奏をしでかすか予想して聴いた。

グールドの場合、父親に依頼して作ってもらった特製の折りたたみ椅子に座り、極端に猫背で前のめりの姿勢になり弾く。つまり打鍵が強いことを意味している。ある意味ロック・キーボーダーと似た弾き方とも言えるかも知れない。グールドはハープシコードでも同様の方法で弾いてみせる。非常に強い打鍵でおそらく普通の人なら受け入れてもらえない弾き方だ。しかしグールドはいつものように構造的に対位法をそのまま実施する。唯一無二の凄いヘンデルとなっている。

こういうグールドのこだわりが僕は好きで好きでたまらない。グールドのこだわりが最も強いアルバムのひとつでめろめろである。
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グールド演奏の鍵を握る第16番第3楽章 : モーツァルト:ピアノ・ソナタ集第5巻(第14,16,17番、幻想曲ハ短調)(紙ジャケット仕様)(ミュージック)

2008/6/22 voodootalkベスト8レビュアー

5点

幻想曲 K.475が1966年11月8日 ニューヨーク、コロムビア30番街スタジオ、ピアノ・ソナタ第14番 K.457が1973年11月、1974年9月、ピアノ・ソナタ第16番 K.570が1974年11月9日 トロント、ピアノ・ソナタ第17番 K.576が1974年9月7日、いずれも トロント、イートンズ・オーディトリアムで録音。グールド55枚目のアルバム。幻想曲とソナタには8年のスパンがあるのにも注意が必要な作品だ。

僕はグールドのモーツァルトを解析する上で最も重要かつ興味深い曲は、ピアノ・ソナタ第16番 K.570だと思っている。実はまだマッキントッシュが白黒の小さな画面しか持っていなかった頃、この曲の楽譜をマックの音楽ソフトに楽譜で打ち込みをし、マックがどんな演奏してくれるかを実験してみた。驚いたのは第3楽章で楽譜のデータをそのまま入れたにもかかわらず、まるでグールドそっくりとしか思えない演奏をしてみせたのだ。そのMacは今でもSystem7のままでいつでもその曲を演奏できるように大切に保存してある。

グールドは時に楽譜の指示をまったく無視し、カデンツァを自身で作曲し、楽器を全く代え、驚くような解釈を見せてくれた。能弁なグールドはモーツァルト論も色々はっている。しかしながらここでのモーツァルトはひたすら楽譜だけでは表現しきれなかったモーツァルトの気持ちにすら到達している気がする。聴く者のシナプスはそのすばらしい波動に活性化し始める。それこそが聴くべき名演だと僕は思う。

100年後、クララ・ハスキルのモーツァルトは残っているだろうか?グールドのモーツァルトは確実に残っている、と僕は確信している。
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ジョン・ラッターの珠玉のアンセムを堪能できるアルバム : Gloria: The Sacred Music of John Rutter(ミュージック)

2008/6/22 sasabonベスト9レビュアー

5点

彼の名声を高め、全世界の合唱人にその音楽が愛されるようになった切っ掛けとも言うべきCDです。ちょうど四半世紀前、発売されたばかりのCOLCD 100を全く偶然輸入CDで手に取って以来、魅せられたように彼のCDや楽譜を購入して今日に至っています。

2005年に生誕60周年を迎えたラッターの代表作を再発売するにあたって4曲新録音を追加したサービスはありがたいと思いました。もっともここに収められている曲のほとんどは1983年10月の録音なのですが、同じ曲でも旧盤と比較して高音の輝きが増しています。音源が一緒なのに聴感上、華やかになっているので、「Gloria」での畳み掛けるような金管の咆哮がより明確に伝わってきます。技術的に進歩したのでしょうか。それとも若干イコライジングしているのでしょうか。そのあたり不明ですが、ケンブリッジ・シンガーズの透明なハーモニーはいつ聞いても感動的です。ラッターが表現したい音楽をそのまま表現できる合唱団を確立したことがまた成功の秘訣だったと思います。

「Cantate Domino」「Wedding Canticle」「Hymn To The Creator Of Light」「Arise, Shine」の4曲は2005年5月の録音です。ラッターファンには嬉しい追加ですが、オリジナルのCDを何十回となく繰り返し聴いてきたものには若干違和感が残ります。それは作曲年代の違いかも知れませんし、合唱のメンバーの違いなのかもしれません。新録音は魅力的な迫力のある声質ですが、ラッターの特徴とも言うべきポップス性からは少し遠ざかったように感じました。

「All Things Bright And Beautiful」「The Lord Is My Shepherd」「A Gaelic Blessing」「For The Beauty Of The Earth」「The Lord Bless You And Keep You」など、これほど愛すべきメロディーに彩られたアンセムを知りません。英国国教会ではあまり評価されていないようですが、世界の合唱人がその素晴らしさを確信しています。
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『草枕』の頃・静寂の嵐 : エリザベス朝のヴァージナル音楽名曲選(ミュージック)

2008/6/21 voodootalkベスト8レビュアー

4点

1967,68年 ニューヨーク、コロムビア30番街スタジオ及び1971年4月18日 トロント、イートンズ・オーディトリアムで録音。グールド41枚目のアルバム。最後の『Byrde: Sellinger's Round』だけが1971年である。まるで『バッハ以前の作曲家たち・バードとギボンズのコンサート』と名付けたくなるようなコンサートの一夜をアルバムで再現しているかのような作品である。

このバッハ以前の音楽を聴いて思うのはグールドが求めたのは、曲に対するアレンジの自由度ではなかったかと思える。今ではバッハはジャズのミュージシャンに多く取り上げられ、自由なアレンジで演奏される。それが後期ロマン派の曲ではその自由度がなかったので、グールドは評価しなかった。そう僕は思っている。この時期グールドは35才で、カナダ東部のノバスコシア地方を旅行したときに、列車のクラブカーのなかでウィリアム・フォーリーと知り合い、彼から『草枕』を知り以後漱石に傾倒していった頃だ。

僕はいつも『草枕』の冒頭と重ねながらこの作品を聴いてしまう。
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グールドの作品には聴く順番がある : ハイドン 後期6大ソナタ集(ミュージック)

ハイドン 後期6大ソナタ集
ハイドン 後期6大ソナタ集(ミュージック)

グールド(グレン),
発売日:1994/06/22

2008/6/21 voodootalkベスト8レビュアー

4点

ピアノ・ソナタ Hob.XVI:42が1981年3月11日、Hob.XVI:48が1981年3,5月、Hob.XVI:49が1981年2月24,25日、Hob.XVI:50が1980年10月13,14日、Hob.XVI:51が1980年10月14日、 Hob.XVI:52が1981年2,3月、いずれもニューヨーク、コロムビア30番街スタジオで録音。グールド72・73枚目のアルバム。

ハイドンは偽作・真偽未確定作・一部分消失作を含んで58曲のソナタを残したと言われている。このアルバムはその最後の6曲を取り上げている。このアルバムを聴いていて思ったのだがグールドの作品には聴く順番があるように思える。

まずなんと言っても有名なのはバッハなのでフツー、バッハから入るだろう。次にグールドが録音したのはベートーヴェンの後期ピアノ・ソナタなのでグールドがベートーヴェンのこの傑作をどうさばくか聴きたくなるのは当然だろう。

つづけて古典派のなかでもモーツアルトのピアノ・ソナタをどうさばくか聴きたくなるはずだ。原寮が、『グールドが"平明に"弾いたモーツアルトは傑作になりえただろうが、彼にそういう演奏を許さなかったクラシック学界というのは、私には大したものではないような気がしてくる。「グールドは誰に強制されたのではなく、あのスタイルを創りだしたのだ」と言うファンの声が聞こえてくる。しかし、本当にそうだろうか。』と書いても全然関係ない。聴けば必ず唸るはずだ。ここを通らずにはいられない。

そして次に聴きたくなるのがハイドンのソナタではないかと思う。つまりバッハをああ弾いて、モーツアルトをこう弾いたグールドがハイドンのソナタ(当然、モーツアルトと似た解釈を予想しているはずだ)をどうさばくかを聴きたくなる。

で、次に残りの作品群を探索したくなる。こういうのは優れたアーティストにはよくある現象だが、グールドの場合それが特に強い気がする。だから面白いのだけれど。
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カナダの現代の作曲家を自らのピアノで表現したい : Glenn Gould Plays Contemporary Music(ミュージック)

2008/6/21 voodootalkベスト8レビュアー

4点

モラヴェッツ:幻想曲 ニ短調が1966年6月27,28日 ニューヨーク、コロムビア30番街スタジオ、アンタイル:ファンタジアが1967年7月25日 ニューヨーク、コロムビア30番街スタジオ、エテュ:ピアノのための変奏曲 Op.8が1967年8月11日 ニューヨーク、コロムビア30番街スタジオにて録音。グールドの29枚目のアルバム。

グールドは一生涯母国カナダを愛した。残された映像にはカナダの森をハミングしながら散歩をするグールドの姿が多く残されている。そのカナダの現代の作曲家を自らのピアノで紹介したい、という気持ちが表れたのが本作と言えるだろう。こういう気持ちは力量あるアーティストほど強いように感じる。ロストロポービッチやクレーメルが母国の不遇だったが実力ある作曲家シュニトケにこだわったのも同じ気持ちからではないか、と思う。

めったに聴けない曲ばかりである。そんな曲を弾いてもグールドはグールドらしさを存分に発揮する。本当に希有なピアニストだ。
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喋らなくなった分、ピアノはより深く饒舌 : ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ集 Vol.5(第12,13番)(紙ジャケット仕様)(ミュージック)

2008/6/21 voodootalkベスト8レビュアー

5点

ピアノ・ソナタ第12番 Op.26が1979年9月4,5日、ピアノ・ソナタ第13番 Op.27-1が1979年9月4日いずれもトロント、イートンズ・オーディトリアムにて録音。グールド76枚目のアルバム。

一見すると連続しテレーコーディングしているように感じられるこの辺のソナタが実は5年近くの間が空いて録音されている。最晩年にして最後のベートーヴェンのソナタということになる。枯れたような境地から紡がれるソナタは静かに静かに、かつ明白で雄弁である。歌声はほとんど聴かれない。

晩年にさしかかったグールドがこのソナタをどんな気持ちで弾いただろうか。おそらくは最初の頃の雄弁なグールドではなかったろう。喋らなくなった分、ピアノはより深く饒舌だ。
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最も歌っているアルバム : ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ集 VOL.2(第5,6,7番)(紙ジャケット仕様)(ミュージック)

2008/6/20 voodootalkベスト8レビュアー

5点

ピアノ・ソナタ第5番 Op.10-1が1964年9月15日、ピアノ・ソナタ第6番 Op.10-2が1964年7月29日、ピアノ・ソナタ第7番 Op.10-3が1964年11月30日いずれもニューヨーク、コロムビア30番街スタジオにて録音。グールド20枚目のアルバム。

グールドは2枚目のアルバムでベートーヴェンの後期最後の3曲のソナタを取り上げ、次にピアノ協奏曲をほとんど取り上げ、この初期のピアノ・ソナタへと回帰している。つまりはやりたい順序、とも言えると思う。色々ベートーヴェンに対しては文句をライナー・ノートやインタヴューで発している割にはベートーヴェンの録音はとても多く、最も評価していたR.シュトラウスはとても少ない。この辺がグールドらしくて面白いところだ。

このアルバムの第5番の第1楽章など歌曲かと(?)思うばかりに歌ってしまっていて、極めて上機嫌かつ楽しそうである。絶対にベートーヴェンを弾くことが楽しくない、とは思われない。むしろ一番のお気に入りのようにも感じられる。なかなか一筋縄ではいかないのがグールドである。
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快速強弾の第9番 : ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ集 Vol.3(第8,9,10番)(紙ジャケット仕様)(ミュージック)

2008/6/19 voodootalkベスト8レビュアー

5点

ピアノ・ソナタ第8番 Op.13『悲愴』が1966年4月18,19日、ピアノ・ソナタ第9番 Op.14-1が1966年2月3日、ピアノ・ソナタ第10番 Op.14-2が1966年2,5月。いずれもニューヨーク、コロムビア30番街スタジオで録音。グールド27枚目のアルバム。

つまり、『三大ソナタ』のアルバムと『悲愴』は同一ソース、ということになりそうだ。色々ベートーヴェンの作品を悪く言っているグールドだが、楽聖の作品を徹底的に研究した上で悪口を言っている。これはなかなかできないことだ。たいして調べたり研究したりせずに『悪い』と言うのとは全然違う。スタジオに籠もりっきりでベートーヴェンのピアノ・ソナタと格闘し続けていたのがこの時期のグールド、と言えると思う。全てが自らの結論的解釈の証明のための録音なのだ。好き嫌いでなく、研究する価値があるものを演奏した。それがグールドだと思う。

このアルバムでは第9番が気に入っている。快速強弾の弾き様にただ圧倒される。
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「三大ソナタ」に対する強い懐疑の念の表明 : ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ集 VOL.4(三大ソナタ)(紙ジャケット仕様)(ミュージック)

2008/6/18 voodootalkベスト8レビュアー

5点

ピアノ・ソナタ第8番 Op.13 『悲愴』が1966年4月18,19日、ピアノ・ソナタ第14番 Op.27-2『月光』が1967年5月15日、ピアノ・ソナタ第23番 Op.57『熱情』が1967年10月18日 、いずれもニューヨーク、コロムビア30番街スタジオで録音。グールド37枚目のアルバム。

グールドのアルバム「三大ソナタ集」は,ベートーヴェン生誕 200 年にあたった1970 年に1枚のアルバムとして発売された。しかも自筆のライナーノーツには,「三大ソナタ」に対する強い懐疑の念を表明している。そしてこの中でグールドは,題名のついた「人気のあるソナタ」6曲(三大ソナタに加えて「田園」「ワルトシュタイン」「告別」)に言及し,「月光」と「告別」以外について,「ベートーヴェンの創作活動の金字塔となった作品はひとつもない」と断言している。その上で,「このアルバム全3曲のうち,《悲愴》と《熱情》の2曲は,構成について何らかの大胆な発想を秘めているかどうかよりも,当時のベートーヴェンの姿勢がどのように示されているかの方が注目に値する」と述べている。一方、晩年には第12番・第13番・第15番を高く評価するとも表明している。いったいどれが結論なのか、はたまたホントに気に入らなくても録音を残すものか。ますます真意への謎は聴く前から深まる一方となってしまう。

その上グールドは,「グレン・グールド,ベートーヴェンについてグレン・グールドに訊く」というセルフ・インタヴュー風の記事まで書き,自分のベートーヴェン観を論じ立てている。実に能弁なピアニストだ。

まとめればこの「三大ソナタ集」は自身の構造的疑念を明らかにするための所作、と言えるかもしれない。特に『熱情』ではいやいや弾いているのが見え見えだが、それでも面白い出来栄えになっている。つまりこのアルバムはグールドのライナーにおける解釈論を吟味し、それを彼が証明するように具現化をピアノでやってみせている、という驚くべき録音ということになるだろう。やることに妥協がないのだ、グールドという人は。
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ウィーンフィルでないと出せん音ですわな : マーラー : 交響曲第6番イ短調 「悲劇的」(ミュージック)

マーラー : 交響曲第6番イ短調 「悲劇的」
マーラー : 交響曲第6番イ短調 「悲劇的」(ミュージック)

ブーレーズ(ピエール),
発売日:1995/03/25

2008/6/18 チェコもんが最高ですわな。ベスト101レビュアー

5点

ウィーンフィルはマーラーゆかりのオーケストラやのに、マーラー録音は取り立てて多くない気がいたします。ウィーンフィルだけで全集録音になって居るのは、マゼール盤だけではないやろか。

ウィーンフィル・ファンのわてにとっては、本盤は堪えられない一枚。やはり純音楽的で、交響的ながら、ちょっと人工的な感じもするマゼールとのウィーンフィルと較べて、本盤ではアルマの主題は実に郷愁を誘うし、終楽章のカウベルの前にも、ノスタルジー一杯のウィーンフィル・サウンドが聴かれますがな。各楽器の音が聴き取りやすい演奏は、この指揮者の特徴でしょうけども、1楽章や終楽章での全員一丸となってガッツのある主題もやはり、ウィーンフィルならでは。半分はウィーンフィルのマーラー、半分はブーレーズのマーラーでしょうなあ。

このコンビの5番もそうなんですが、3楽章のように叙情的な楽章は、やや控えめな味付けが却って聴き手の情感に訴える気がいたします。中欧の素っ気ないマーラーとよく言われるノイマン先生が、最晩年はなりふり構わず主情を訴えているのに対し、本盤は実に交響的でしっとりした情感に溢れとる。低域の金管は全楽章通じ、名人芸に聴き惚れ通しですし、2楽章だったかと終楽章で聴かれるヴァイオリンのソロもエエ。ウィーンフィルでないと出せん音ですわな
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ウィーンフィルでないと出せん音ですわな : Mahler: Symphonie No.6(ミュージック)

2008/6/18 チェコもんが最高ですわな。ベスト101レビュアー

5点

ウィーンフィルはマーラーゆかりのオーケストラやのに、マーラー録音は取り立てて多くない気がいたします。ウィーンフィルだけで全集録音になって居るのは、マゼール盤だけではないやろか。

ウィーンフィル・ファンのわてにとっては、本盤は堪えられない一枚。やはり純音楽的で、交響的ながら、ちょっと人工的な感じもするマゼールとのウィーンフィルと較べて、本盤ではアルマの主題は実に郷愁を誘うし、終楽章のカウベルの前にも、ノスタルジー一杯のウィーンフィル・サウンドが聴かれますがな。各楽器の音が聴き取りやすい演奏は、この指揮者の特徴でしょうけども、1楽章や終楽章での全員一丸となってガッツのある主題もやはり、ウィーンフィルならでは。半分はウィーンフィルのマーラー、半分はブーレーズのマーラーでしょうなあ。

このコンビの5番もそうなんですが、3楽章のように叙情的な楽章は、やや控えめな味付けが却って聴き手の情感に訴える気がいたします。中欧の素っ気ないマーラーとよく言われるノイマン先生が、最晩年はなりふり構わず主情を訴えているのに対し、本盤は実に交響的でしっとりした情感に溢れとる。低域の金管は全楽章通じ、名人芸に聴き惚れ通しですし、2楽章だったかと終楽章で聴かれるヴァイオリンのソロもエエ。ウィーンフィルでないと出せん音ですわな
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明確なパッセージにこの曲の構造が浮かび出す : ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ集 Vol.6(第16~18番)(紙ジャケット仕様)(ミュージック)

2008/6/17 voodootalkベスト8レビュアー

5点

ピアノ・ソナタ第16番 Op.31-1が1971年8月、1973年5月 トロント、イートンズ・オーディトリアム、ピアノ・ソナタ第17番 Op.31-2 『テンペスト』が1967年1月 ニューヨーク、コロムビア30番街スタジオ&1971年8月 トロント、イートンズ・オーディトリアム、ピアノ・ソナタ第18番 Op.31-3が1967年3月10日 ニューヨーク、コロムビア30番街スタジオで録音。グールド51枚目のアルバム。

グールドの著書等でのベートーヴェンのピアノ・ソナタのコメントをまとめると最も評価していると言っているのは第15番の『田園』ソナタで、最も酷評しているのが第23番の『熱情』ソナタなことは有名だ。グールドは曲の構造を徹底的に解析した上で演奏に取り組んでいるので『熱情』は構造がつまらないと言っているのと同じことになるだろう。第29番の『ハンマークラーヴィア』では、「鏡に映すと右手と左手がそっくり一緒になるパッセージが第4楽章にあり、確実に意図的だ」という指摘までしている。そういう中でこの作品31の一群のソナタも同様に気に入っていたように感じられる。

僕が最もグールドらしいな、と感じるのは第18番の第2楽章である。明確なパッセージにこの曲の構造が浮かび出す。まさにグールドの真骨頂だ。
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グールドにディアベッリのない謎 : Beethoven: Bagatelles, Opp. 33 & 126(ミュージック)

2008/6/16 voodootalkベスト8レビュアー

5点

1966年11月8日から1974年6月23日にかけて録音。 グールド54枚目のアルバム。
グールドが残したベートーベンの変奏曲の演奏は以下の3つしか公式にはない。

・32 Variations in C Minor for Piano on an original theme, Woo 80
・6 Variations in F Major for Piano on an original theme, Op. 34
・15 Variations with Fugue in E-flat Major Op. 35

そうグールドには不思議なことに『ディアベッリ』がない。ご存知の方も多いと思うが、『ディアベッリ』はバッハの『ゴルトベルク変奏曲』と並び称される作品である。1823年、ベートーベンが52才の時の作曲で大作『ミサ・ソレムニス』を作曲中で、32あるピアノ・ソナタの作品109から111を書き上げた後にあたりこの曲の作品番号は120となっている。これがないというのはこの曲がグールド向きであるが故に大きな謎だ、とこのアルバムを聴きながら思う。

そしてバガテル。これぞまさにグールドの真骨頂と言える演奏だ。バガテルとは『つまらないもの、ちょっとしたもの』という意味の小品のことである。ベートーベンのイマジネーションはこの小品ではずっと自由になっている。グールドはそれを楽しみながら弾く。いろいろ考えさせてくれる作品だ。
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バーンスタインというアニキ : Beethoven: Concerto No. 4 in G Major(ミュージック)

2008/6/16 voodootalkベスト8レビュアー

5点

1961年3月20日 ニューヨーク、マンハッタン・センターにて録音。グールド12枚目のアルバム。

グールドのベートーヴェン・ピアノ協奏曲の録音は、1957年4月9-11日 ニューヨーク、コロムビア30番街スタジオでのバーンスタインとの第2番に始まり、2→1→3→4→5の順に録音され、2・3・4番をバーンスタインと録音している。僕は3曲をバーンスタインと録音したのはバーンスタインに配慮して録音をしたのだろうと思っている。実際は第1番を録音したヴラディーミル・ゴルシュマンと組んだ方がよりよい結果が出たような気がするのに、何故グールドがそうしたか。それはオーストリアやドイツの名門オーケストラに対抗しアメリカにそれ以上の演奏ができるオーケストラを育てようとアメリカの音楽界を創造していった若きマエストロに一役かいたいと思ったからだろう。

クレーメルの『琴線の触れ合い』にも冒頭にバーンスタインは登場する。内気に見えるクレーメルを励ます姿はまさにクラシック界の『アニキ』とも言える存在だったのがよく分かる。そしてここでのグールドの演奏はどこかそういうアニキに花を持たしてやりたいという配慮を感じるのだ。今ではアメリカのオーケストラはヨーロッパの古豪に負けない実力を有しているが、当時のバーンスタインはまるでトスカーナワインをカリフォルニアで実現しようとした『バッチオ・ディヴィーノ』だったのだ。正に創世記の音だ。
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『風の歌を聴け』で「僕」が鼠の誕生日に送ったアルバム : Beethoven: Piano Concerto No. 3 in C minor(ミュージック)

2008/6/15 voodootalkベスト8レビュアー

5点

1959年5月4,5,8日 ニューヨーク、コロムビア30番街スタジオにて録音。グールド8枚目のアルバム。相方は第2番と同じバーンスタインである。

第2番の時はグールドにしては珍しく非常に緊張していた感じがあったが、本作では本来のグールドに戻り、リラックスした演奏をしている。それはこの少し前の1958年4月29,30日に同じニューヨーク、コロムビア30番街スタジオで第1番をヴラディーミル・ゴルシュマンと録音して、それが改心の出来映えだったことが関係あると思う。自作のカデンツァまで披露した第1番はそれだけ協奏曲を弾くグールドのヒントになったということだろう。

余談だが村上春樹の音楽に充ち満ちたデビュー作『風の歌を聴け』で「僕」が鼠の誕生日に送ったアルバムがこのLPレコードだった。聴く耳を持った作家は実に少ない。特に最近の作品でまともに音楽が登場する作品は皆無に等しい。その中でデビュー作でこのアルバムを選ぶあたりはさすが村上春樹だ、と思う。
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