クラシック
別世界の『皇帝』 : Beethoven: Emperor Concerto(ミュージック)
2008/6/15 voodootalkベスト8レビュアー
1966年3月1・4日、ニューヨーク、マンハッタン・センターで録音。グールド24枚目のアルバム。グールドは最後にこの『皇帝』を録音しているが前回の第4番と約5年のスパンがあり、なおかつ指揮者もストコフスキーに変えるなど、思うところがあった感触がある。グールドとストコフスキーがお互い眼を合わさないジャケットは特に有名でお互いにシャイだったから、とされている。
日本語版のライナーは朝比奈隆が『グールドの思い出』と題する一文を寄せていてなかなか興味深い内容だ。まだコンサートをしていた1950年代後半の話で1958年11月19日にイタリアで共演したらしい(!!!)。曲はベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番。その時も相変わらずのグールドであったようだ。
さてこのアルバムのグールドだが、わざとスピードを上げずに演奏している気がする。一音一音つまびらかにされる解釈は曲の構成を見事に浮き上がらせ、この曲はこういう構造であったかと思わせてくれる。別世界の『皇帝』だ。人が速く弾けばスピードを落とし、人がゆったりと弾けば快速豪弾で弾き抜く。そこに多くのものが浮き出してくることにワクワクするのだ。
日本語版のライナーは朝比奈隆が『グールドの思い出』と題する一文を寄せていてなかなか興味深い内容だ。まだコンサートをしていた1950年代後半の話で1958年11月19日にイタリアで共演したらしい(!!!)。曲はベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番。その時も相変わらずのグールドであったようだ。
さてこのアルバムのグールドだが、わざとスピードを上げずに演奏している気がする。一音一音つまびらかにされる解釈は曲の構成を見事に浮き上がらせ、この曲はこういう構造であったかと思わせてくれる。別世界の『皇帝』だ。人が速く弾けばスピードを落とし、人がゆったりと弾けば快速豪弾で弾き抜く。そこに多くのものが浮き出してくることにワクワクするのだ。
鳴っているか鳴っていないか感じられないくらい小さな音で聴いてみるのもいい : Grieg・Bizet・Sibelius:Piano Works(ミュージック)
2008/6/15 voodootalkベスト8レビュアー
元々は、グールド46枚目のアルバムとしてグリーグとビゼーが単独で出ていて、シベリウスの方は1976年12月、1977年3月 トロント、イートンズ・オーディトリアムで録音。グールドの62枚目のアルバムで、ソナチネ Op.67-1、-2、-3、『キュリッキ』 Op.41などを取り上げている。グールドのアルバムにしてはなんとなくエコーが自然かかったような余韻がある。
その余韻に満ちた静かな静かなピアノが実にいい。音量を低めにして聴くとなんとなく部屋に染みこんで、ブライアン・イーノのアンビエントな作品を聴いているような錯覚に陥ってしまう。鳴っているか鳴っていないか感じられないくらい小さな音で聴いてみるのもいいかもしれない。
シベリウスの曲はこんな小さな曲でもフィンランドの風景を何処か感じさせてくれる。
その余韻に満ちた静かな静かなピアノが実にいい。音量を低めにして聴くとなんとなく部屋に染みこんで、ブライアン・イーノのアンビエントな作品を聴いているような錯覚に陥ってしまう。鳴っているか鳴っていないか感じられないくらい小さな音で聴いてみるのもいいかもしれない。
シベリウスの曲はこんな小さな曲でもフィンランドの風景を何処か感じさせてくれる。
タイトルはクサいが、中身は聴かせるぞ!! : 純~21歳の出会い~ヘイリー・ミーツ・ジャパニーズ・ソングス-デラックス・エディション(初回限定盤)(ミュージック)
2008/6/14 hide-bonベスト65レビュアー
今や音楽業界の中で、ひとつのジャンルとして確立された感のあるカバー・アルバム。さすがに、食傷気味の気もするが、かつて「アメイジング・グレイス」でブレイクしたヘイリーが、キラ星の如く輝く日本のシンガーたちの名曲の数々を英詩で歌っているのに興味を覚えたのと、やはり本田美奈子とのコラボが聴きたくて購入した。
収録されているのは、「アメイジング・グレイス」と10のカバー曲。もともと、美しく透き通るようなソプラノ・ヴォイスだけに、「ハナミズキ」や「雪の華」、「千の風になって」は見事に填まる。「翼をください」や「卒業写真」は、赤い鳥やハイ・ファイ・セットのリード・ヴォーカルとして、かってこの曲を歌っていた山本潤子の歌声がちょっと甦ってくるし、「白い色は恋人の色」にいたっては、オリジナルのベッティ&クリスより日本語のイントネーションが上手いし、実に懐かしい。
そして、英詩について触れると、これが意外なほど違和感がない。オリジナルの楽曲たちがどれも繊細で情感的な日本語の機微を生かした味わい深い歌詞なんだけど、英詩は敢えて意訳に走らず、原語の言葉尻を残している。中学の英語の教材にも使えそうな明瞭さで好感を持った。
夭折した記憶も新しい本田美奈子とのハーモニーは、暫し時間が静止してしまったような感覚に捉われ、安寧と静寂の世界に誘ってくれる。ヘイリーの歌唱力の素晴らしさはもちろん、併せて、若くして散ってしまった本田の才能を惜しまずにはいられない。
収録されているのは、「アメイジング・グレイス」と10のカバー曲。もともと、美しく透き通るようなソプラノ・ヴォイスだけに、「ハナミズキ」や「雪の華」、「千の風になって」は見事に填まる。「翼をください」や「卒業写真」は、赤い鳥やハイ・ファイ・セットのリード・ヴォーカルとして、かってこの曲を歌っていた山本潤子の歌声がちょっと甦ってくるし、「白い色は恋人の色」にいたっては、オリジナルのベッティ&クリスより日本語のイントネーションが上手いし、実に懐かしい。
そして、英詩について触れると、これが意外なほど違和感がない。オリジナルの楽曲たちがどれも繊細で情感的な日本語の機微を生かした味わい深い歌詞なんだけど、英詩は敢えて意訳に走らず、原語の言葉尻を残している。中学の英語の教材にも使えそうな明瞭さで好感を持った。
夭折した記憶も新しい本田美奈子とのハーモニーは、暫し時間が静止してしまったような感覚に捉われ、安寧と静寂の世界に誘ってくれる。ヘイリーの歌唱力の素晴らしさはもちろん、併せて、若くして散ってしまった本田の才能を惜しまずにはいられない。
無調の歌をグールドのピアノはリリカルに奏でる : The Glenn Gould Edition HINDERMITH: DAS MARIENLEBEN・KRENEK・STRAUSS: LIEDER(ミュージック)

The Glenn Gould Edition HINDERMITH: DAS MARIENLEBEN・KRENEK・STRAUSS: LIEDER(ミュージック)
Glenn Gould,Roxolana Roslak,Patricia Rideout,Lois Marshall,
発売日:1995/06/29
2008/6/14 voodootalkベスト8レビュアー
『マリアの生涯』 (1922-23)1976年11月、1977年1,2月 トロント、イートンズ・オーディトリアムで録音。グールド63・64枚目のアルバム。ソプラノは、ロクソラーナ・ロスラック。
『マリアの生涯』 はリルケ(1875-1926)の連詩『聖母マリアの生涯』に無調で歌曲に仕上げた作品だ。グールドのディスコグラフィを調べればすぐに分かることだが、グールドが偏愛した作曲家が三人いると僕は思う。一人は当然バッハだ。そして二人目はシェーンベルグ、三人目がこのヒンデミットだ。おそらくグールドはピアノが絡む全作品を自らの手で形にしたかったのだ。この歌曲もその一環だろう。
無調にこだわるヒンデミットでありながらこの曲は実に『歌』がある。聴いていて何となくシェーンベルグの『月に憑かれたピエロ』を思い出した。あの曲も物語的な『歌』がある。そして無調の歌をグールドのピアノはリリカルに奏でる。他のどのアーティストからも聴くことができない経験ができる名盤である。
『マリアの生涯』 はリルケ(1875-1926)の連詩『聖母マリアの生涯』に無調で歌曲に仕上げた作品だ。グールドのディスコグラフィを調べればすぐに分かることだが、グールドが偏愛した作曲家が三人いると僕は思う。一人は当然バッハだ。そして二人目はシェーンベルグ、三人目がこのヒンデミットだ。おそらくグールドはピアノが絡む全作品を自らの手で形にしたかったのだ。この歌曲もその一環だろう。
無調にこだわるヒンデミットでありながらこの曲は実に『歌』がある。聴いていて何となくシェーンベルグの『月に憑かれたピエロ』を思い出した。あの曲も物語的な『歌』がある。そして無調の歌をグールドのピアノはリリカルに奏でる。他のどのアーティストからも聴くことができない経験ができる名盤である。
無調のフーガ : Hindemith: The Complete Sonatas for Brass and Piano(ミュージック)
2008/6/13 voodootalkベスト8レビュアー
ホルン・ソナタ (1939)を1975年7月3,5日に、バス・チューバ・ソナタ (1943)(1955)を1975年9月3,4日に、トランペット・ソナタ (1939)を1975年1月6日に、ホルン・ソナタ (1943) を1976年2月9,10日に、トロンボーン・ソナタ (1941)を1976年2月22,23日にいずれもトロント、イートンズ・オーディトリアムで録音。グールド56枚目のアルバム。
グールドのディスコグラフィを調べればすぐに分かることだが、グールドが偏愛した作曲家が三人いると僕は思う。一人は当然バッハだ。そして二人目はシェーンベルグ、三人目がこのヒンデミットだ。おそらくグールドはピアノが絡む全作品を自らの手で形にしたかったのだ。
では、グールドはヒンデミットのどこにここまで惹かれたのだろうか。僕はヒンデミットの一つの中心音の調的な支配力のもとで、斬新な和音や半音階を駆使する作法だと思う。特に有名な、12のフーガからなるピアノ曲『ルードゥス・トナーリス』に使われている音列は、基音Cから徐々に不協和となる、と言う構造を持ち(C-G-F-A-E-Es-As-D-B-Des-H-Fis)、彼のこのような理論が典型的に示されている。それは『無調のフーガ』とも言えると思う。このフーガにグールドは現代のフーガを感じたのではないか、と思う。すばらしい演奏だ。
グールドのディスコグラフィを調べればすぐに分かることだが、グールドが偏愛した作曲家が三人いると僕は思う。一人は当然バッハだ。そして二人目はシェーンベルグ、三人目がこのヒンデミットだ。おそらくグールドはピアノが絡む全作品を自らの手で形にしたかったのだ。
では、グールドはヒンデミットのどこにここまで惹かれたのだろうか。僕はヒンデミットの一つの中心音の調的な支配力のもとで、斬新な和音や半音階を駆使する作法だと思う。特に有名な、12のフーガからなるピアノ曲『ルードゥス・トナーリス』に使われている音列は、基音Cから徐々に不協和となる、と言う構造を持ち(C-G-F-A-E-Es-As-D-B-Des-H-Fis)、彼のこのような理論が典型的に示されている。それは『無調のフーガ』とも言えると思う。このフーガにグールドは現代のフーガを感じたのではないか、と思う。すばらしい演奏だ。
2楽章の叙情的美しさに雑念をもったわての心が見事に清められましたがな : ブルックナー:交響曲第2番(ミュージック)
2008/6/12 チェコもんが最高ですわな。ベスト101レビュアー
ジュリーニ先生のブルックナーいいますと、先生が晩年に差しかかる1980年代のウィーンフィルとのダイナミックな構築美がゴツい7〜9番がまず浮かびますけども、この2番はウィーン交響楽団との1974年録音です。叙情的な解釈が素晴らしく、特に2楽章の叙情的美しさは筆舌に尽くし難い。どういうわけなんでしょう、ここんところ、何かと暗澹たる気分になっておったんですが、この演奏を聴くと心が清められ、雑念の無い人間に清めてもらえた気がいたします。
当時の楽員が演奏しながら感動してしまって、譜面やジュリーニ先生の指揮が涙で見えんようになった、というのがよう分かりますわな。
録音も最近のSACD等には及ばないものの、年代の割には悪くない。ジュリーニ先生のファンはもちろん、余り知られていないこのブルックナーの曲を聴くには極めつけの圧倒的名盤と考えます
当時の楽員が演奏しながら感動してしまって、譜面やジュリーニ先生の指揮が涙で見えんようになった、というのがよう分かりますわな。
録音も最近のSACD等には及ばないものの、年代の割には悪くない。ジュリーニ先生のファンはもちろん、余り知られていないこのブルックナーの曲を聴くには極めつけの圧倒的名盤と考えます
2楽章の叙情的美しさに雑念をもったわての心が見事に清められましたがな : ブルックナー:交響曲第2番(ミュージック)
2008/6/12 チェコもんが最高ですわな。ベスト101レビュアー
ジュリーニ先生のブルックナーいいますと、先生が晩年に差しかかる1980年代のウィーンフィルとのダイナミックな構築美がゴツい7〜9番がまず浮かびますけども、この2番はウィーン交響楽団との1974年録音です。叙情的な解釈が素晴らしく、特に2楽章の叙情的美しさは筆舌に尽くし難い。どういうわけなんでしょう、ここんところ、何かと暗澹たる気分になっておったんですが、この演奏を聴くと心が清められ、雑念の無い人間に清めてもらえた気がいたします。
当時の楽員が演奏しながら感動してしまって、譜面やジュリーニ先生の指揮が涙で見えんようになった、というのがよう分かりますわな。
録音も最近のSACD等には及ばないものの、年代の割には悪くない。ジュリーニ先生のファンはもちろん、余り知られていないこのブルックナーの曲を聴くには極めつけの圧倒的名盤と考えます
当時の楽員が演奏しながら感動してしまって、譜面やジュリーニ先生の指揮が涙で見えんようになった、というのがよう分かりますわな。
録音も最近のSACD等には及ばないものの、年代の割には悪くない。ジュリーニ先生のファンはもちろん、余り知られていないこのブルックナーの曲を聴くには極めつけの圧倒的名盤と考えます
2楽章の叙情的美しさに雑念をもったわての心が見事に清められましたがな : Bruckner: Symphony No. 2(ミュージック)
2008/6/12 チェコもんが最高ですわな。ベスト101レビュアー
ジュリーニ先生のブルックナーいいますと、先生が晩年に差しかかる1980年代のウィーンフィルとのダイナミックな構築美がゴツい7〜9番がまず浮かびますけども、この2番はウィーン交響楽団との1974年録音です。叙情的な解釈が素晴らしく、特に2楽章の叙情的美しさは筆舌に尽くし難い。どういうわけなんでしょう、ここんところ、何かと暗澹たる気分になっておったんですが、この演奏を聴くと心が清められ、雑念の無い人間に清めてもらえた気がいたします。
当時の楽員が演奏しながら感動してしまって、譜面やジュリーニ先生の指揮が涙で見えんようになった、というのがよう分かりますわな。
録音も最近のSACD等には及ばないものの、年代の割には悪くない。ジュリーニ先生のファンはもちろん、余り知られていないこのブルックナーの曲を聴くには極めつけの圧倒的名盤と考えます
当時の楽員が演奏しながら感動してしまって、譜面やジュリーニ先生の指揮が涙で見えんようになった、というのがよう分かりますわな。
録音も最近のSACD等には及ばないものの、年代の割には悪くない。ジュリーニ先生のファンはもちろん、余り知られていないこのブルックナーの曲を聴くには極めつけの圧倒的名盤と考えます
第3番の最終楽章のフーガ。このフーガにグールドは現代のフーガを感じたのではないか : Glenn Gould Plays Hindemith's Piano Sona(ミュージック)
2008/6/12 voodootalkベスト8レビュアー
ビアノ・ソナタ第1番が1966年10月13日 ニューヨーク、コロムビア30番街スタジオ、第2番が1966年12月、1967年1月 ニューヨーク、コロムビア30番街スタジオ、第3番が1973年2月18日 トロント、イートンズ・オーディトリアムで録音。完成までに6年余の試行錯誤を経ている。
グールドのディスコグラフィを調べればすぐに分かることだが、グールドが偏愛した作曲家が三人いると僕は思う。一人は当然バッハだ。そして二人目はシェーンベルグ、三人目がこのヒンデミットだ。ヒンデミットについては、単にこのピアノ・ソナタにとどまらず、ホルン・ソナタ (1939)を1975年7月3,5日に、バス・チューバ・ソナタ (1943)(1955)を1975年9月3,4日に、トランペット・ソナタ (1939)を1975年1月6日に、ホルン・ソナタ (1943) を1976年2月9,10日に、トロンボーン・ソナタ (1941)を1976年2月22,23日にいずれもトロント、イートンズ・オーディトリアムで録音している。これは尋常ではない。
では、グールドはヒンデミットのどこにここまで惹かれたのだろうか。僕はヒンデミットの一つの中心音の調的な支配力のもとで、斬新な和音や半音階を駆使する作法だと思う。特に有名な、12のフーガからなるピアノ曲『ルードゥス・トナーリス』に使われている音列は、基音Cから徐々に不協和となる、と言う構造を持ち(C-G-F-A-E-Es-As-D-B-Des-H-Fis)、彼のこのような理論が典型的に示されている。そしてこのピアノ・ソナタ第3番の最終楽章のフーガ。このフーガにグールドは現代のフーガを感じたのではないか、と思う。すばらしい演奏だ。
グールドのディスコグラフィを調べればすぐに分かることだが、グールドが偏愛した作曲家が三人いると僕は思う。一人は当然バッハだ。そして二人目はシェーンベルグ、三人目がこのヒンデミットだ。ヒンデミットについては、単にこのピアノ・ソナタにとどまらず、ホルン・ソナタ (1939)を1975年7月3,5日に、バス・チューバ・ソナタ (1943)(1955)を1975年9月3,4日に、トランペット・ソナタ (1939)を1975年1月6日に、ホルン・ソナタ (1943) を1976年2月9,10日に、トロンボーン・ソナタ (1941)を1976年2月22,23日にいずれもトロント、イートンズ・オーディトリアムで録音している。これは尋常ではない。
では、グールドはヒンデミットのどこにここまで惹かれたのだろうか。僕はヒンデミットの一つの中心音の調的な支配力のもとで、斬新な和音や半音階を駆使する作法だと思う。特に有名な、12のフーガからなるピアノ曲『ルードゥス・トナーリス』に使われている音列は、基音Cから徐々に不協和となる、と言う構造を持ち(C-G-F-A-E-Es-As-D-B-Des-H-Fis)、彼のこのような理論が典型的に示されている。そしてこのピアノ・ソナタ第3番の最終楽章のフーガ。このフーガにグールドは現代のフーガを感じたのではないか、と思う。すばらしい演奏だ。
クレーメルの意思を示す最初の一歩 : Edition Lockenhaus, Vol. 1/2(ミュージック)
2008/6/11 voodootalkベスト8レビュアー
録音はいずれもロッケンハウス音楽祭にて1981・1982・1984年のものから録られている。ギドン・クレーメルが1981年に始めたロッケンハウス音楽祭は、毎夏オーストリアにて室内楽の音楽フェスティバルを開催しているものだ。彼の著書『琴線の触れ合い』の中に詳細が出てくるが、クレーメルは自ら演奏したいもののためにこの音楽祭を始めたらしい。言ってみれば商業主義と無関係な状況で自らがやりたいと思う音楽をやりたいメンバーとやるという意思表示だ。ECMのマンフレート・アイヒャーがそれをジャズと同様にアーティストの意思のまま見事な録音で残している。
前述の『琴線の触れ合い』の中で散々出てくるのだが、特にアバドとやった『四季』のレコーディングではグラモフォンともアバドとも意見がまったく合わず、クレーメルは辟易したらしい。そういうビッグ・ネームの組み合わせだけに注力し、アーティストの自由意思に背を向ける商業主義のアンチ・テーゼがこのアルバムということになる。録音メンバーには旧友のオレグ・マイセンベルグだけでなく、重鎮アロイス・コンタルスキーなど様々な面子が加わっていて実に面白い。
そしてこのアルバムは、CD1がフランスものを、CD2がロシアものを取り上げるように意図的にできていてまた面白い。特に名演はストラヴィンスキーの『兵士の物語・・・』だと思う。クレーメルの意思を示す最初の一歩だ。
前述の『琴線の触れ合い』の中で散々出てくるのだが、特にアバドとやった『四季』のレコーディングではグラモフォンともアバドとも意見がまったく合わず、クレーメルは辟易したらしい。そういうビッグ・ネームの組み合わせだけに注力し、アーティストの自由意思に背を向ける商業主義のアンチ・テーゼがこのアルバムということになる。録音メンバーには旧友のオレグ・マイセンベルグだけでなく、重鎮アロイス・コンタルスキーなど様々な面子が加わっていて実に面白い。
そしてこのアルバムは、CD1がフランスものを、CD2がロシアものを取り上げるように意図的にできていてまた面白い。特に名演はストラヴィンスキーの『兵士の物語・・・』だと思う。クレーメルの意思を示す最初の一歩だ。
肩の力が自然に抜けて、ゆったりした気持ちになりました : 自律神経にやさしい音楽(ミュージック)
2008/6/9 風ベスト78レビュアー
鳥のさえずりといった自然音と、ハープ、ピアノ、フルート、弦の調べがミックスされて構成されたミュージック。
「風の歌」(7:54)、「静かな午後」(7:19)、「花によせて」(6:35)、「森の中で」(8:52)、「cocoro」(6:51)、「暖かい記憶」(8:50)、「明日への扉」(8:04)の7曲(全 54分25秒)が収録されています。
解説書の中、【このCDの効果的な使用法】の項目には、以下の文章などが記されています。
●「さあ聴くぞ」と特別に身構えることなく、自然な気持ちでリラックスしてお聴き下さい。
●精神の鎮静効果・不安緩和・ストレス解消に適切なサウンドや楽曲で制作しておりますが、万が一気分がすぐれない場合や、気分が落ち込んでしまうという場合がございましたら、一旦ご使用をお止め下さい。再度お日にちを改め、体調がよろしい時にお聴き下さい。
●運転中や集中したい時などの使用は、お控え下さい。
とかく殺伐とした事件が多い昨今、こうした音楽に心休ませ、リラックスする方が増えているのかもしれないなあ。
そんなことをふと思ったりしながら、予想以上に心地よく、ゆったりした気分に包まれたCD。肩の力が抜けて、穏やかな気持ちになりました。
「風の歌」(7:54)、「静かな午後」(7:19)、「花によせて」(6:35)、「森の中で」(8:52)、「cocoro」(6:51)、「暖かい記憶」(8:50)、「明日への扉」(8:04)の7曲(全 54分25秒)が収録されています。
解説書の中、【このCDの効果的な使用法】の項目には、以下の文章などが記されています。
●「さあ聴くぞ」と特別に身構えることなく、自然な気持ちでリラックスしてお聴き下さい。
●精神の鎮静効果・不安緩和・ストレス解消に適切なサウンドや楽曲で制作しておりますが、万が一気分がすぐれない場合や、気分が落ち込んでしまうという場合がございましたら、一旦ご使用をお止め下さい。再度お日にちを改め、体調がよろしい時にお聴き下さい。
●運転中や集中したい時などの使用は、お控え下さい。
とかく殺伐とした事件が多い昨今、こうした音楽に心休ませ、リラックスする方が増えているのかもしれないなあ。
そんなことをふと思ったりしながら、予想以上に心地よく、ゆったりした気分に包まれたCD。肩の力が抜けて、穏やかな気持ちになりました。
たぎり、ほとばしる音楽の熱気に興奮しました! : ラヴェル:ボレロ(ミュージック)
2008/6/7 風ベスト78レビュアー
大阪出身の女性指揮者、西本智実(にしもと ともみ 1970.4.22- )が、ロシア・ボリショイ交響楽団「ミレニウム」を指揮したロシア&フランスの管弦楽曲集。2003年1月28日〜2月2日、モスクワ音楽院大ホールでの録音。
◆ボロディン:ダッタン人の踊り・・・・・・打楽器群のはじける連打、躍動感あふれるリズムに、わくわくしました。ユルロフ記念国立アカデミー合唱団の混声合唱付き。
◆ハチャトゥリアン:ガイーヌ〜5曲・・・・・・こちらも、パーカッションのド派手な活躍に、くらくらしました。大サーカスの曲芸でも見ているようなオケの名演。なかでも、「レスギンカ」でのドラムスの乱れ打ちには、ぶっとびました!
◆ムソルグスキー:禿山(はげやま)の一夜・・・・・・ワルプルギスの夜のドラマティックな大饗宴。ビールを飲みながら聴いていたせいもあって、目くるめく酔わされました(爆)
◆チャイコフスキー:アンダンテ・カンタービレ・・・・・・雪が舞い落ちる冬の夜、室内の炉辺に憩う雰囲気が素敵な一曲。山野雄大の解説文に記されていた、この曲のメロディのもととなったエピソードも忘れがたい。
◆ラヴェル:ボレロ・・・・・・同じメロディが様々な楽器のソロによって繰り返されるうちに、徐々に盛り上がっていく音楽。そこには、クリスティの『そして誰もいなくなった』のような、上質のミステリ小説に通じる面白さがある気がします。本CDの演奏を聴きながら、私はぞくぞくしてきました。
◆ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ・・・・・・この管弦楽曲集のトリを飾るにふさわしい小品。ほてり、高ぶった気持ちを、静かに、そっと冷ましてくれました。
◆ボロディン:ダッタン人の踊り・・・・・・打楽器群のはじける連打、躍動感あふれるリズムに、わくわくしました。ユルロフ記念国立アカデミー合唱団の混声合唱付き。
◆ハチャトゥリアン:ガイーヌ〜5曲・・・・・・こちらも、パーカッションのド派手な活躍に、くらくらしました。大サーカスの曲芸でも見ているようなオケの名演。なかでも、「レスギンカ」でのドラムスの乱れ打ちには、ぶっとびました!
◆ムソルグスキー:禿山(はげやま)の一夜・・・・・・ワルプルギスの夜のドラマティックな大饗宴。ビールを飲みながら聴いていたせいもあって、目くるめく酔わされました(爆)
◆チャイコフスキー:アンダンテ・カンタービレ・・・・・・雪が舞い落ちる冬の夜、室内の炉辺に憩う雰囲気が素敵な一曲。山野雄大の解説文に記されていた、この曲のメロディのもととなったエピソードも忘れがたい。
◆ラヴェル:ボレロ・・・・・・同じメロディが様々な楽器のソロによって繰り返されるうちに、徐々に盛り上がっていく音楽。そこには、クリスティの『そして誰もいなくなった』のような、上質のミステリ小説に通じる面白さがある気がします。本CDの演奏を聴きながら、私はぞくぞくしてきました。
◆ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ・・・・・・この管弦楽曲集のトリを飾るにふさわしい小品。ほてり、高ぶった気持ちを、静かに、そっと冷ましてくれました。
颯爽として清々しいなかに、ドヴォルザークの熱い思いが伝わってくる。感動しました : ドヴォルザーク:交響曲第9番(ミュージック)
2008/6/7 風ベスト78レビュアー
チャーミングなメロディーを歌い上げていく弦楽器群と木管楽器、高らかなファンファーレを響かせる金管楽器群に、とどろくティンパニの強打音。オケの各楽器群のバランスがよく、音楽の風通しのよさを感じる演奏が、実に颯爽としていて気持ちよかった。
音楽に溺れない「知」と、魅力的なメロディーラインが歌い紡がれていく音楽の「情」が、絶妙のさじ加減でブレンドされているのですね。有名な第2楽章【ラルゴ】などは、ゆっくりと、切々と歌われていく音楽に作曲者が込めた郷愁の想い、それがしみじみと胸に迫ってきて、心を揺さぶられました。
颯爽として清々しいなかに、ドヴォルザークの熱く高鳴る気持ち、新世界への憧れといった思いがひしひしと伝わってくる、とても素晴らしい演奏だったなあ。
2008年3月29日〜31日、ブダペストでの録音。胸に満ちてくる調べが素敵で、感動しました。
黒地に白く抜かれた文字で記されたライナーノート。山野雄大の心のこもった解説文もGood。読みごたえがありましたね。こちらにも拍手。
音楽に溺れない「知」と、魅力的なメロディーラインが歌い紡がれていく音楽の「情」が、絶妙のさじ加減でブレンドされているのですね。有名な第2楽章【ラルゴ】などは、ゆっくりと、切々と歌われていく音楽に作曲者が込めた郷愁の想い、それがしみじみと胸に迫ってきて、心を揺さぶられました。
颯爽として清々しいなかに、ドヴォルザークの熱く高鳴る気持ち、新世界への憧れといった思いがひしひしと伝わってくる、とても素晴らしい演奏だったなあ。
2008年3月29日〜31日、ブダペストでの録音。胸に満ちてくる調べが素敵で、感動しました。
黒地に白く抜かれた文字で記されたライナーノート。山野雄大の心のこもった解説文もGood。読みごたえがありましたね。こちらにも拍手。
日本の名歌 次世代へ歌い継ぐもの : ベスト・オブ・ベスト/日本の名歌(ミュージック)

ベスト・オブ・ベスト/日本の名歌(ミュージック)
オムニバス(クラシック),松本美和子,中沢桂,中村邦子,立川清登,伊藤京子,木村宏子,三原剛,中村健,永田峰雄,斎藤昌子,
発売日:2006/09/21
2008/6/7 sasabonベスト9レビュアー
瀧廉太郎作曲の「荒城の月」「花」「箱根八里」、山田耕筰作曲の「この道」「からたちの花」など日本の古典的歌曲を始め、珠玉の作品を集めたと言える歌曲集です。この4枚組に収められた115曲は、後世に歌い継いで欲しい曲が沢山含まれていました。懐かしの小学唱歌や童謡も多く含まれていますので、幅広い年代に愛される企画だと思いました。
収録されている声楽家も素晴らしいメンバーでした。立川清登、伊藤京子、中沢桂、松本美和子、澤畑恵美、中村邦子、木村宏子、中村健、永田峰雄、斎藤昌子、吉田浩之、本宮寛子、そして関西を中心に活躍しながら、今や全国的な活動を広げている三原剛、畑儀文、そして日本の声楽界における重鎮・畑中良輔の「沙羅」の名唱を聞くことができます。ここに収録された何人かの声楽家の声を聴きましたが、CDとして聞くとそれぞれの発声法における個性の違いが結構分かり、新たな発見がありました。
録音年代が書かれていません。結構幅広い年代にまたがっているとは思いますが、聴感上の支障はなかったですね。ピアノ伴奏は、声楽、合唱伴奏に多くの録音を残している三浦洋一、浅井道子によるものが大半ですが、他に青島広志、塚田佳男、藤井孝子という名も見えますので、安定した音楽が展開されています。
これらの録音の貴重さは、何人かの方がすでに鬼籍に入られていることから日本の声楽家の歩みという点から見ても歴史的な価値を見出します。
全曲とも解説が書かれていますし、小山晃氏による声楽家の紹介も詳しいものでした。ただ出来れば伴奏のピアニストの紹介があっても良かったかな、と愛好家の一人として思います。
収録されている声楽家も素晴らしいメンバーでした。立川清登、伊藤京子、中沢桂、松本美和子、澤畑恵美、中村邦子、木村宏子、中村健、永田峰雄、斎藤昌子、吉田浩之、本宮寛子、そして関西を中心に活躍しながら、今や全国的な活動を広げている三原剛、畑儀文、そして日本の声楽界における重鎮・畑中良輔の「沙羅」の名唱を聞くことができます。ここに収録された何人かの声楽家の声を聴きましたが、CDとして聞くとそれぞれの発声法における個性の違いが結構分かり、新たな発見がありました。
録音年代が書かれていません。結構幅広い年代にまたがっているとは思いますが、聴感上の支障はなかったですね。ピアノ伴奏は、声楽、合唱伴奏に多くの録音を残している三浦洋一、浅井道子によるものが大半ですが、他に青島広志、塚田佳男、藤井孝子という名も見えますので、安定した音楽が展開されています。
これらの録音の貴重さは、何人かの方がすでに鬼籍に入られていることから日本の声楽家の歩みという点から見ても歴史的な価値を見出します。
全曲とも解説が書かれていますし、小山晃氏による声楽家の紹介も詳しいものでした。ただ出来れば伴奏のピアニストの紹介があっても良かったかな、と愛好家の一人として思います。
音楽職人カラヤンが嫌いな方にもぜひ : ラスト・コンサート1988 モーツァルト&ブラームス(ミュージック)
2008/5/17 チェコもんが最高ですわな。ベスト101レビュアー
カラヤン最期の来日公演、就職活動をやっとったかで、わてはサントリーホールへは行けんかったですけども、ちょっとしてからFMで音源を流してくれはった。モーツァルトに、ブラームス1番、ベートーヴェン4番。展覧会の絵もあったはず。今でもエアーチェックしたカセットテープを持っとります。
で、どういうわけなんでしょう。カラヤンのブラームス、ベートーヴェンなんて、ややもすれば美音に隠れた構築の薄さを軽んじるような風潮もまま聞かれた帝王カラヤンのまさに最終楽章の時期。椅子に腰掛けた、動かないカラヤンの腕からカラヤンの意図を必死で読み取ろうとするベルリンフィルのヴィルトゥオーゾ達が、ジュリーニもかくや、と思われる深い響きと自在なテンポを得て、すさまじいブラームスのコーダとなった。
カラヤンは意思が示せない方がベルリンフィルが感動的だった、というのはあまりに皮肉ではある。音楽職人カラヤンが嫌いな方にもぜひ
で、どういうわけなんでしょう。カラヤンのブラームス、ベートーヴェンなんて、ややもすれば美音に隠れた構築の薄さを軽んじるような風潮もまま聞かれた帝王カラヤンのまさに最終楽章の時期。椅子に腰掛けた、動かないカラヤンの腕からカラヤンの意図を必死で読み取ろうとするベルリンフィルのヴィルトゥオーゾ達が、ジュリーニもかくや、と思われる深い響きと自在なテンポを得て、すさまじいブラームスのコーダとなった。
カラヤンは意思が示せない方がベルリンフィルが感動的だった、というのはあまりに皮肉ではある。音楽職人カラヤンが嫌いな方にもぜひ
続いてレオンハルト・ボックスも発売決定! : DHM 50TH Anniversary Box/Various (Box)(ミュージック)
2008/5/10 emir1969ベスト40レビュアー
2008年発売されたばかり、ドイツ・ハルモニア・ムンディ社創立50周年記念ボックス、50周年にあわせてCD50枚組、早々に売り切れのショップ・サイトもおおいコスト・パフォーマンス抜群のお買い得セット、一瞬錯覚かと思うほどの廉価、売っている場所により価格差がかなりあります、いずれにしても1枚1枚聞くも良し、CDチェンジャーにまとめて挿入して流しっぱなしにするも良し、無くならないうちに入手したほうが賢明でしょう、
なお、このセットはすべてmade in EUの商品がドイツより世界へ供給されましたからmade in U.S.A.ではありません、
表記厚紙製ボックス内に紙ジャケットのCDが50枚収納、箱の上の黒い部分が外れる仕様です、紙ジャケットはいわゆる廉価版仕様、36ページの解説書付き(英独仏語)、ボックスは一瞬、立方体に見えますが微妙に各辺の長さが違います、しゃれで1:4:9の黒い箱に入れてくれたら私は倍額でも購入したでしょう、
グスタフ・レオンハルト1976年録音のゴールドベルクを始としてそれぞれ発表されたときには古楽名演として評判になったものばかり、詳しくはDHMのサイトへ、バッハは音楽の捧げものなど8枚+、ヴィヴァルディが四季ほか3枚+、スカルラッティ2枚、モンテヴィルディ3枚、グルック・テレマン・クープラン・ラサス・カッシーニ・ボッチェリーニなどからスペインのバロックなど、当然といえば当然ですが全体的に宗教色が濃い作品がおおいです、(先の+は1枚で複数作曲家の作品を収録したディスクがほかにもあるということです)、
いつ聞き終わるかわからないこんな贅沢なボックスを手にしてしばらくはバッハより古い音源は購入するまいとと思っていたらグスタフ・レオンハルトCD15枚ボックスの発売予定が発表されました、なんという広がりだ!
なお、このセットはすべてmade in EUの商品がドイツより世界へ供給されましたからmade in U.S.A.ではありません、
表記厚紙製ボックス内に紙ジャケットのCDが50枚収納、箱の上の黒い部分が外れる仕様です、紙ジャケットはいわゆる廉価版仕様、36ページの解説書付き(英独仏語)、ボックスは一瞬、立方体に見えますが微妙に各辺の長さが違います、しゃれで1:4:9の黒い箱に入れてくれたら私は倍額でも購入したでしょう、
グスタフ・レオンハルト1976年録音のゴールドベルクを始としてそれぞれ発表されたときには古楽名演として評判になったものばかり、詳しくはDHMのサイトへ、バッハは音楽の捧げものなど8枚+、ヴィヴァルディが四季ほか3枚+、スカルラッティ2枚、モンテヴィルディ3枚、グルック・テレマン・クープラン・ラサス・カッシーニ・ボッチェリーニなどからスペインのバロックなど、当然といえば当然ですが全体的に宗教色が濃い作品がおおいです、(先の+は1枚で複数作曲家の作品を収録したディスクがほかにもあるということです)、
いつ聞き終わるかわからないこんな贅沢なボックスを手にしてしばらくはバッハより古い音源は購入するまいとと思っていたらグスタフ・レオンハルトCD15枚ボックスの発売予定が発表されました、なんという広がりだ!
指揮、演奏、合唱が三位一体となったアルバムです : ベートーヴェン:交響曲第9番(ミュージック)

ベートーヴェン:交響曲第9番(ミュージック)
バーンスタイン(レナード),ジョーンズ(ギネス),シュヴァルツ(ハンナ),コロ(ルネ),モル(クルト),ウィーン国立歌劇場合唱団,
発売日:2006/11/08
2008/5/8 993改ベスト4レビュアー
ベートーヴェンの第九といえば、どうしても、フルトヴェングラーのバイロイトの呪縛から解き離れないものがありますが、いかんせん、音が貧しく、良い音で名演がないかという方には、このアルバムはいかがでしょうか。
フルヴェン同様の熱情型のバーンスタイン指揮、ウィーンフィル演奏による79年のライブ録音です。バーンスタインは、いつも通り、熱情溢れんばかりのエネルギッシュな指揮で、これでもかとオケを引っ張り、ウィーンフィルも、弦を中心に、それに美しく、そして力強く応え、ソロ歌手を始めとする合唱陣も、素晴らしい声を聞かせてくれる、まさに、指揮・演奏・合唱が三位一体となった音に、ライブならではのエネルギーが加わり、フルヴェン同様、こちらも、素晴らしい1枚になっています。
しかも、この値段。第九初心者を始め、一聴に、十分、値するアルバムだと思います。
フルヴェン同様の熱情型のバーンスタイン指揮、ウィーンフィル演奏による79年のライブ録音です。バーンスタインは、いつも通り、熱情溢れんばかりのエネルギッシュな指揮で、これでもかとオケを引っ張り、ウィーンフィルも、弦を中心に、それに美しく、そして力強く応え、ソロ歌手を始めとする合唱陣も、素晴らしい声を聞かせてくれる、まさに、指揮・演奏・合唱が三位一体となった音に、ライブならではのエネルギーが加わり、フルヴェン同様、こちらも、素晴らしい1枚になっています。
しかも、この値段。第九初心者を始め、一聴に、十分、値するアルバムだと思います。
最晩年はなりふり構わず自己主張をしてマーラー像を示してくれたノイマン先生の最期のそっけないほど自然な終楽章 : マーラー:交響曲第9番(ミュージック)
2008/4/24 チェコもんが最高ですわな。ベスト101レビュアー
ノイマン先生最晩年の録音で、圧倒的な立体感あるホール反響も生々しい好録音となったですがな。このアダージョの3日後やったかな、ウィーンでノイマン先生が亡くなった、という感慨を抜きにして本盤を聴くのは難しい。ノイマン先生の最晩年のマーラーサイクル(7, 8番は未完)を全て聴かしていただいて、ようやくこの演奏の意味するところが凡人のわてにも分かってきた。
白眉は1楽章。つややかな弦ときらびやかな金管は、最晩年の2, 5, 6番と同様に、ノイマン先生らしからぬ強い自己主張を表現しておる。録音のよさもあいまって、ソロ楽器の位置までつぶさに分かるし、クライマックスの迫力が凄い。2楽章は意外とややテンポは速く、6番の2楽章の解釈を想起。3楽章はフツー(ジュリーニでも、レニーでも、バルビローリでもこの楽章の方向性だけはさほど変わらん)。
そして終楽章。物足りない、あるいは死を目前としたノイマン先生が体力的な理由で、適当に切り上げたのかも、と思うとりました。ここには、ジュリーニ先生のシカゴでの慟哭やアバドのベルリンでの激しい感情のさざなみはないですわな。ほいで、わては考えた。魂が滅びゆく、はかない生の体現する美は本当に雄弁なのかどうかを。 ノイマン先生の解釈は、(結果的に)あと数日となった自らの有限の生をも達観したような、最期になっていわゆるノイマンらしい、自己主張を抑えた音楽の自然な流れを重視した解釈。でもほれが、最晩年のノイマン先生の1, 3番でのボヘミアの自然の心から楽しむような純朴さに通じているような気がしてきて、凡人のわても今日はこの終楽章に強く感情移入いたしました。ジャケットの老いたノイマン氏の数点の写真が実に含蓄があって好きです。宝物になりそうな名盤
白眉は1楽章。つややかな弦ときらびやかな金管は、最晩年の2, 5, 6番と同様に、ノイマン先生らしからぬ強い自己主張を表現しておる。録音のよさもあいまって、ソロ楽器の位置までつぶさに分かるし、クライマックスの迫力が凄い。2楽章は意外とややテンポは速く、6番の2楽章の解釈を想起。3楽章はフツー(ジュリーニでも、レニーでも、バルビローリでもこの楽章の方向性だけはさほど変わらん)。
そして終楽章。物足りない、あるいは死を目前としたノイマン先生が体力的な理由で、適当に切り上げたのかも、と思うとりました。ここには、ジュリーニ先生のシカゴでの慟哭やアバドのベルリンでの激しい感情のさざなみはないですわな。ほいで、わては考えた。魂が滅びゆく、はかない生の体現する美は本当に雄弁なのかどうかを。 ノイマン先生の解釈は、(結果的に)あと数日となった自らの有限の生をも達観したような、最期になっていわゆるノイマンらしい、自己主張を抑えた音楽の自然な流れを重視した解釈。でもほれが、最晩年のノイマン先生の1, 3番でのボヘミアの自然の心から楽しむような純朴さに通じているような気がしてきて、凡人のわても今日はこの終楽章に強く感情移入いたしました。ジャケットの老いたノイマン氏の数点の写真が実に含蓄があって好きです。宝物になりそうな名盤
老ノイマン先生が51歳で亡くなったマーラーを知り尽くして描いた交響的世界 : マーラー:交響曲第6番「悲劇的」(ミュージック)
2008/4/19 チェコもんが最高ですわな。ベスト101レビュアー
最晩年のノイマン先生のマーラー集は、ゆったりしたテンポで後ろで聞こえる楽器、目立たないフレーズやリズムを際だたせた、素朴な自然や心象を描いとるのだが、不思議と巨大で神懸り的名演ですわな。
ほいで、この6番。出だしの陸軍が闊歩するようなフレーズで、ホールの反響までよく聴こえてくる(わてのB&Wのスピーカーがよう鳴りますがな)。アルマの主題と較べたメリハリが利いとり、迫力満点なんですけども、カウベルがほんまにボヘミアの農場で牛と一緒になっているような、素朴で土臭い、いい味を出してはる。2楽章は意外と速く、畳み掛けるように入り、弦のしなやかさを堪能できる。
3楽章では、共感に満ちたヴァイオリンとチェロの合奏に、こっちまで共感しておりますと、後半はホルンを初めとした雄大なスケールが圧巻。終楽章の、戦い、凱歌をあげようとするところで3度のハンマーに叩きのめされるドラマでは、バーンスタインは力が入り過ぎ、何を言いたいのか分からんし、シノーポリは予定調和のやり過ぎのドラマに陥っておる。セル/クリーブランドの構築感がエエが、ノイマン先生はハンマー痛打後のダメージをアルマの主題の再現やニヒルな行進曲で殊更に対比するのではなく、自然な流れの中できらびやかな金管群、重なり合う各弦パートの対位法的響きに支えられた巨大な解釈で堂々と描いた歴代随一の名演。地味=滋味、といわれたノイマン先生はここにはなく、きらびやかな大巨匠はんですわな。カウベルの素朴な響きが、迫りくるハンマーの痛打に向けてテンションを暗示してゆくパートなど、老ノイマン先生が51歳で亡くなったマーラーを知り尽くして描いた交響的世界とみます
ほいで、この6番。出だしの陸軍が闊歩するようなフレーズで、ホールの反響までよく聴こえてくる(わてのB&Wのスピーカーがよう鳴りますがな)。アルマの主題と較べたメリハリが利いとり、迫力満点なんですけども、カウベルがほんまにボヘミアの農場で牛と一緒になっているような、素朴で土臭い、いい味を出してはる。2楽章は意外と速く、畳み掛けるように入り、弦のしなやかさを堪能できる。
3楽章では、共感に満ちたヴァイオリンとチェロの合奏に、こっちまで共感しておりますと、後半はホルンを初めとした雄大なスケールが圧巻。終楽章の、戦い、凱歌をあげようとするところで3度のハンマーに叩きのめされるドラマでは、バーンスタインは力が入り過ぎ、何を言いたいのか分からんし、シノーポリは予定調和のやり過ぎのドラマに陥っておる。セル/クリーブランドの構築感がエエが、ノイマン先生はハンマー痛打後のダメージをアルマの主題の再現やニヒルな行進曲で殊更に対比するのではなく、自然な流れの中できらびやかな金管群、重なり合う各弦パートの対位法的響きに支えられた巨大な解釈で堂々と描いた歴代随一の名演。地味=滋味、といわれたノイマン先生はここにはなく、きらびやかな大巨匠はんですわな。カウベルの素朴な響きが、迫りくるハンマーの痛打に向けてテンションを暗示してゆくパートなど、老ノイマン先生が51歳で亡くなったマーラーを知り尽くして描いた交響的世界とみます
老ノイマン先生が51歳で亡くなったマーラーを知り尽くして描いた交響的世界 : マーラー : 交響曲第6番 「悲劇的」(ミュージック)
2008/4/19 チェコもんが最高ですわな。ベスト101レビュアー
最晩年のノイマン先生のマーラー集は、ゆったりしたテンポで後ろで聞こえる楽器、目立たないフレーズやリズムを際だたせた、素朴な自然や心象を描いとるのだが、不思議と巨大で神懸り的名演ですわな。
ほいで、この6番。出だしの陸軍が闊歩するようなフレーズで、ホールの反響までよく聴こえてくる(わてのB&Wのスピーカーがよう鳴りますがな)。アルマの主題と較べたメリハリが利いとり、迫力満点なんですけども、カウベルがほんまにボヘミアの農場で牛と一緒になっているような、素朴で土臭い、いい味を出してはる。2楽章は意外と速く、畳み掛けるように入り、弦のしなやかさを堪能できる。
3楽章では、共感に満ちたヴァイオリンとチェロの合奏に、こっちまで共感しておりますと、後半はホルンを初めとした雄大なスケールが圧巻。終楽章の、戦い、凱歌をあげようとするところで3度のハンマーに叩きのめされるドラマでは、バーンスタインは力が入り過ぎ、何を言いたいのか分からんし、シノーポリは予定調和のやり過ぎのドラマに陥っておる。セル/クリーブランドの構築感がエエが、ノイマン先生はハンマー痛打後のダメージをアルマの主題の再現やニヒルな行進曲で殊更に対比するのではなく、自然な流れの中できらびやかな金管群、重なり合う各弦パートの対位法的響きに支えられた巨大な解釈で堂々と描いた歴代随一の名演。地味=滋味、といわれたノイマン先生はここにはなく、きらびやかな大巨匠はんですわな。カウベルの素朴な響きが、迫りくるハンマーの痛打に向けてテンションを暗示してゆくパートなど、老ノイマン先生が51歳で亡くなったマーラーを知り尽くして描いた交響的世界とみます
ほいで、この6番。出だしの陸軍が闊歩するようなフレーズで、ホールの反響までよく聴こえてくる(わてのB&Wのスピーカーがよう鳴りますがな)。アルマの主題と較べたメリハリが利いとり、迫力満点なんですけども、カウベルがほんまにボヘミアの農場で牛と一緒になっているような、素朴で土臭い、いい味を出してはる。2楽章は意外と速く、畳み掛けるように入り、弦のしなやかさを堪能できる。
3楽章では、共感に満ちたヴァイオリンとチェロの合奏に、こっちまで共感しておりますと、後半はホルンを初めとした雄大なスケールが圧巻。終楽章の、戦い、凱歌をあげようとするところで3度のハンマーに叩きのめされるドラマでは、バーンスタインは力が入り過ぎ、何を言いたいのか分からんし、シノーポリは予定調和のやり過ぎのドラマに陥っておる。セル/クリーブランドの構築感がエエが、ノイマン先生はハンマー痛打後のダメージをアルマの主題の再現やニヒルな行進曲で殊更に対比するのではなく、自然な流れの中できらびやかな金管群、重なり合う各弦パートの対位法的響きに支えられた巨大な解釈で堂々と描いた歴代随一の名演。地味=滋味、といわれたノイマン先生はここにはなく、きらびやかな大巨匠はんですわな。カウベルの素朴な響きが、迫りくるハンマーの痛打に向けてテンションを暗示してゆくパートなど、老ノイマン先生が51歳で亡くなったマーラーを知り尽くして描いた交響的世界とみます
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